今年のキーワードは’萎え’である -嫌オタク流 発行に際して-

かなは、すぐ下のエントリでも書いているのですが、今年のヲタ界隈は’萎え’がキーワードだと思っています。理由はこれもすぐ下のエントリで書いているように、マスメディアに氾濫しすぎたことからのカウンターです。


それは舞い散る桜のように昨年の第2四半期あたりからでしょうか。やたらとマスメディアで'萌え'がキーワードとして出していたじゃないですか。テレビでは月に一回はオタク絡みの話題が特集され、雑誌でも同様に何処かの雑誌がオタク絡みの特集を組む。最も象徴的なのが電車男(TV版)でしょう(まぁ、アレはヲタに対しても結構サービスしていましたけどね)。


…で、ソレに対して、私たちヲタはどう眺めていましたか?恐らく大半のヲタは冷めた目で見ていたのではないでしょうか。かなは、少なくともこの現象を肯定的には見られませんでした。


そして今年、とうとう「嫌オタク流」という敢えて萌えを叩くことで儲けようとする書籍が発行されました(かなは、実物を見ていません)。書いてる本人は至って真面目なのでしょうが、中身はそのときどきの流行を自分の都合の良いように解釈して叩くだけ(らしいですね。他サイトからの伝聞ですが)、いつの時代にもあったトンデモ本です。私たちヲタの感覚で言えば森教授のゲーム脳関連の本を想起するとイメージしやすいでしょうか。あんな程度の本のようです。


ただ、先の流行を叩いただけの本と決定的に違うのは、味方がいないことです。例えば、(かなをはじめとする、ゲーオタの皆さんが大嫌いな)森教授のゲーム脳関連の本は、少なくとも「ゲーム=悪」という考えを未だに持つPTAの老害の皆様の支持がつきます。しかし、嫌オタク流に対して誰が味方につくのでしょうか。…かなには、想像がつきません。


また、商業臭が強いのもマイナスです。アキバ系というのは、とかく商売の匂いを嫌います。そもそもオビのキャッチが「ぼくらはみんな“萌えカス”になってしまったのか!?」と、'萌え'を加えている時点で商売の意図が透けて見えるのに、それに加えて嫌韓流を想起させるそのタイトルが、x匹目のドジョウ狙いぶりを際立たせています。


株式市場には「女子供が相場に参加すると、そこが天井」という格言があります。流行は、門外漢がその分野に多数参加した時点でピークは終わると言うことです。そんな'萌え'が終わる今だからこそ、ヲタの間で’萎え’が見直される年になる。かなは、そう思っています。